しあわせ ○
BGM:White light



 昔から、歌を歌うのは好きだった。
 歌詞が好きな曲、メロディが好きな曲、なんとなく浮かんだ曲。
 ぼんやりしてたり、なにか家事をしてたりすると、自然と口ずさんでいることが多い。
 曲の世界に入り込んで歌う時もあれば、適当に、ふざけながら歌ったり。
 思えば、小さい頃から歌が好きだった気がする。
 オレが歌が好きなら、<俺>も歌が好きなのかもしれないけど、<俺>が歌うのを聴いたことはない。
 佐伯克哉がオレと<俺>に分けられた時、歌が好きという項目はオレのほうにだけ割り振られた、とか?
 <俺>が歌うのが好きかは謎だけど、オレの歌を聴くのはきらいじゃないらしい。
 別にそう言われたわけじゃない。オレが歌っていても、あいつはなにも言わずに聴いてるだけだし。
 あいつは天邪鬼だ。なにも言わないってことは、少なくともいやじゃないってこと。
 オレの歌聴くの好き? と直接聞いたことがある。その時の答えは、「さあな」だった。
 それで確信。お前、オレの歌結構好き。
 そう言うと、今度は「黙れ」。ほんと、<俺>ってやつは。


 天気のいい休日の午後。窓から差し込む柔らかな陽光。つい買ってしまった座椅子の上のオレ。オレの膝の上のお前。
 休日にリビングでのんびり日向ぼっこなんて珍しい。だって、いつもは、その、つまり……。
 特に会話することもなく、くっついてほこほこと陽に当たっていると、気持ちよくて幸せで、そんな想いが自然と音に紡がれる。
 <俺>はやっぱりなにも言わなくて、膝の上で黙って聴いてる。
 君がここにいるだけで幸せ。ふたりでいることが幸せ。このままずっと、君とふたりで生きていこう。
 ありきたりだけど、飾らないストレートな歌詞と、覚えやすい優しいメロディが大好きで、何度も繰り返し聴いたラブソング。
 オレたちが生まれるもっと前の、古い洋楽だけど、未だにCMなんかで使われる名曲。
 お前がここにいるだけで幸せ。ふたりでいることが幸せ。このままずっと、お前とふたりで生きていこう。
 まるで、オレたちを歌ってるみたいじゃないか? なんて言ったら、お前はなんて言うだろう。
「なあ、<俺>? ……<俺>?」
 歌をとめて<俺>を窺うと、いつの間にか、<俺>が静かに寝息を立てていた。
「子守唄かよ」
 小さく笑って、そっと髪を撫でる。陽の光を纏う、子供みたいな無防備な寝顔に、愛しさが込み上げる。
 暖かな日差しが心地いい。お前のぬくもりが、心地いい。
「大好きだよ、<俺>」
 溢れる想いを言葉にして、歌を続ける。
 お前がここにいる。オレとお前がふたりでいる。それはなにより幸せなこと。
 まるで、オレたちを歌ってるみたいじゃないか? なんて言ったら、きっとお前は、黙れって言うんだろうな。
2012.10.15