それはきっといつの日か ○
克哉=眼鏡、<克哉>=ノマ
2013.05.18微訂正




 なんで俺がスーパーの広告チェックなんか、と文句を言っていたはずが、今やすっかり日課になった。
 むしろ怠るとなんだか落ち着かないくらいで、まったく慣れとは恐ろしい。
「駅前のマンションのチラシ入ってるぞ」
「おー、見る見る」
 この地域に越してきてからしばらくして建設が始まった駅前のマンションは、日毎高さが増すばかりでまだまだ完成の気配はない。
 チラシには来年一月完成予定と記され、CGで描かれた完成予想図はまさに摩天楼だ。
「こんなおっきいのが建つんだ」
「あちこちマンションばかりなのに、まださらに需要があるとは」
「なんだかんだでどこもすぐ完売らしいからなー。ここもすぐ売れそうだな。立地いいし」
 不景気とはいうものの、あるところにはあるようで、二十四時間コンシェルジュが常駐してるだの、居住者専用のフィットネスジムだのラウンジだの、高級マンションは高倍率と聞く。スーパーの広告チェックとはまるで縁がない話で溜め息が出る。
 一例としてチラシに記載された3LDKのプランは、各部屋広々として収納も充実している。同じく広いバルコニーに面した二十帖ものリビングは、南向きで日当たりは抜群によさそうだが、夏暑そうだとも正直思う。
「間取りが好みだ」
「じゃあ……買う?」
 ふふっと笑った半身が、わざと稚気な目をして克哉を見上げる。
 克哉もふっと笑って、同じく妄想たくましい子供の目を返す。
「そうだな。五千万なんて安いもんだからな」
「ローンは三十年? 頑張って二十五年?」
 くだらない妄想に、妙な現実感を混ぜる<克哉>がなんとも<克哉>らしくておかしい。
「いやあ、MGNの役員クラスともなれば、五年とかからないんじゃないか? 一括だっていい」
 ふんぞり返って偉そうに言ってやると、<克哉>が大げさに驚いた顔をして笑う。
「だったら億ションにしようか!」
「いいな。一等地の高層マンションで、夜景をふたり占め」
「一戸建ては?」
「庭付きか。それもいいな」
「もしもー、わたしーがー」
「お前いくつだ」
 古い歌に苦笑する。
 夕食後の穏やかなひと時に、適当で気ままな妄想をして笑い合う。
 部分的にしか知らないメロディーと歌詞を、曖昧にごまかして歌う半身を腕に抱く。
 克哉に凭れて、無邪気な瞳で見つめる<克哉>の笑みに、幸せだ、としみじみ思った。
「オレーのー、横にーは、おまーえー」
「おまーえー」
「お前がー、いーてほしいー」
 克哉も参戦して、合唱して大笑いする。
 家は建てないかもしれない。庭はないかもしれない。けれどもおれの隣にお前がいることだけは、妄想なんかじゃない、おれたちの不変の未来。
「ふふっ」
 まだ肩を揺らす<克哉>の唇に触れる。触れたり避けたりふざけながら繰り返し軽く唇を合わせるうち、自然と口付けは深くなる。
 合わせたままの<克哉>の瞳が想いを紡ぐ。だから克哉も、同じ想いを瞳で熱く語りかける。
「ん、ん」
 抱きしめた<克哉>の体はぴったりと吸い付くように克哉の体に沿い、この体はこうして半身と抱き合うためだけに生まれたのだと、当然のことを改めて思う。
 お前に触れること。同じ想いで見つめ合うこと。ふたつの体を持つこと。ずっとずっとふたり一緒にいること。
 信じられない、非現実的なことが現実に叶った。ならばきっと、この先叶えられない夢なんてない。
「ん……<オレ>」
「ふあ……<俺>」
 お前をこうしてこの手に抱きしめられたんだから、摩天楼の頂で眼下に煌く夜景をふたり寄り添い眺めるなんて、夢にもならない容易いことだ。
「夢じゃない。いつか」
「うん。いつか」
「俺たちがふたりなら、なんだって叶えられる」
「うん。必ず」
 お前と一緒にいるなら、なんだって。
「愛してる」
 同じ想いでふたりが繋がれているなら。この日々が続いていくなら。
 果てない未来の先にだって、いつかきっと辿り着ける。



 補足
2013.05.13