夜は明けない △
克哉=眼鏡、<克哉>=ノマ



 いつもの週末。いつもの夜。いつものふたり。いつものこと。
「あっ、あっ、だめ、もうっ……」
「っ……いく?」
「ん、ん、いっちゃう」
 絶頂の淵まで追い詰められた<克哉>が、克哉に手を伸ばす。
 熱に浮かされた潤んだ瞳で見つめて、必死に<克哉>を呼ぶのが堪らない。
 知らず口角が上がって、なお一層激しく腰を打ち付ける。これ以上ないくらいに締め付けていた内壁が、さらにきつく絡んで、危うく意識が飛びかける。
「ああっ、<俺>、<俺>、ん、好き、好き、あっ、大好きっ」
「<オレ>っ」
「あ、あ、あ、いくっ……」
「んっ……!」
「────っ!!!」
 指を絡めて、見つめ合ったまま、互いに息を詰める。強烈な快楽の責めに翻弄されて、熱い吐精に眩む。
 半身の身の内に注がれる己の体液の感触に征服欲が満たされて、同時にどうしようもない愛しさが膨れて溢れて、克哉の総てを<克哉>の総てが覆い尽くす。
 残さず欲望を吐き出して、荒い息のまま、身を屈めて唇を交わす。数えるのも馬鹿らしいほどに啄ばんで、緩く吸って、甘く噛む。
 息が整ったあともしつこく触れ合って、微笑み合って、やっと離れた。
「ん、ぁ……」
 <克哉>の腹の上と、名残惜しく引き抜かれた克哉自身を丁寧に拭き取って、内から溢れた白濁をそっと指で拭うと、<克哉>がひくりと身を震わせる。腿をさすって宥めて、時に意地悪く襞をくすぐりながら、シーツを汚さないように最後まで掻き出す。
「<俺>……」
 後処理を終えて、半身の隣に身を横たえると、すぐに甘える声で呼んですり寄ってくる。それを笑んで迎え、ぎゅっと腕の中に抱き込む。
 髪を撫でて、額にくちづけてやると、克哉の胸の上で心地好さげに大きく吐息を漏らすのがくすぐったい。
「すき」
「ああ、俺もだ」
「うん」
 嬉しそうな蕩ける顔で見上げるのがかわいくて、鼻先と唇を吸ってやると、ふふっと笑って、身を起こした<克哉>が舌を入れてきた。
 煽る激しいキスではなく、愛情を交換するためだけの柔らかなくちづけ。
 汗ばんだ肌が掌に吸い付くのが気持ちいい。撫でられる頬が気持ちいい。半身と触れ合っているそこかしこが気持ちいい。
「んー」
「ん」
 甘く味わって、感覚がなくなるほどにたっぷりねぶっているのに全然足りなくて、どちらからも離れられなくなっているのがおかしくて、ふたりで噴き出してようやく解れた。
「キス好きすぎだよ」
「お前はきらいなのか?」
「それは、まあ……好き、だけど」
 頬を染めて、もじもじと言われたら、ついまた唇を寄せてしまう。<克哉>も、もうなどと言いながらも、緩んだ口元を隠すことなく被さってくる。
 繰り返し貪ると、漏れる吐息が徐々に熱を帯びていく。笑いながら触れ合わせていた<克哉>も、もう夢中といった体で、眉根を寄せて、はふはふと息を切らせている。
 その様がかわいい。胸の奥から熱いものが込み上げて、耐え切れずに体を反転させて、<克哉>に圧し掛かった。
「わっ、ちょっ……」
 押し返す<克哉>を無視して、顔中に、首筋に、めちゃくちゃにキスをする。
 胸元まで辿り、尖り始めた突起に舌を這わせようとすると。
「まっ、待って、ちょっと待って!」
 強い力で引き剥がされてしまった。わざとらしく舌打ちをして睨むと、困った顔で息をつく。
「もうちょっと、休憩……」
 そういえば、先程もこんなふうに甘くキスを交わしていたらあっという間にその気になって、息つく間もなく二度目に突入したことを思い出す。
 克哉はこのまま続けざまに三度目の手合わせでも全く構わないが、<克哉>のほうはさすがにしんどいらしい。
 強引に進めて飛ばしてしまったら、もう今夜はおあずけだ。それはいやだ。
「はいはい」
 拗ねた口調で適当に了解して、そのまま<克哉>の胸に頬を付ける。抱きしめると、優しく髪を撫でてくれて股間が疼いたが、しばし我慢だ。
「元気すぎ……」
「若いから」
「もういい加減落ち着く歳だと思うんだけど」
 呆れて言った<克哉>の胸の真ん中にきつく吸い付いて、はっきりと跡を付けてやる。<克哉>の体中にはそんな花弁がいくつも散らばっているから、今更だが。
「付けすぎ」
「お前が好きだから」
「……もう、なにそれ……」
 予想外の返答にうろたえるのがかわいい。
 かわいい。かわいい。己が半身が、何もかもが自分と同じこの男が、かわいくてかわいくて愛おしい。
 見上げると、同じだけど少し違う、深い色と視線が絡む。目は口ほどにものを言うとはよく言ったもので、<克哉>がどれだけ克哉を想っているのか、言葉にせずとも静かな眼差しが痛いくらいに伝えてくる。
 痛いくらいに?いや、痛い。どうしようもなく、痛い。
「ちょっと、もうちょっと、我慢、して」
 腿に当たる違和感に、<克哉>も当然気付いている。震える声で懇願されても、ただ煽られるだけだ。
「十分に我慢した」
「わ、かってる、から、も、ちょっと……」
「じゃあ触って」
「っ」
 <克哉>の目の前に顔を寄せて、手を取って触らせる。包ませた硬さに身震いして、瞳いっぱいに一気に涙が溜まったのがかわいい。
「う、う」
 緩く腰を振って、<克哉>の掌に擦り付ける。目尻からひと筋零れた滴を舌先で掬ってまぶたに口付けると、妙な呻き声を上げて次から次へと涙を零す。
「うー、ばか、ばかぁ」
「んー?」
「ん、ん、ん」
 かわいく詰る唇を塞いで、舌を絡める。散々キスしているのに、もっともっとしたくて、いやらしく音を立ててもぐもぐと味わう。
 泣きながら口付けを受ける<克哉>の手の動きが、心なしか早くなる。
 皮膚がつれて、<克哉>のそこも変化しだしたのを、下腹に置いた手が確かに感じ取った。
 熱烈に愛し合う世間一般の二十代の健康なカップルがひと晩のうちに一体どれだけの回数をこなすのか克哉には分からないが、自分たちがその平均的な範囲からは大きく逸脱しているのは容易に推測できる。
 そもそも、『熱烈に愛し合う』程度も一般のそれとは比べものにならないし、同一人物同士で愛し合っていますなんてカップルは天地がひっくり返っても自分たちだけなんだから、世間一般がどうとか考えることすらくだらないことだった。
「どうした?」
「ばかぁ、ばかぁ」
「なんだ?」
 『馬鹿』しか継がない唇をまた塞いで、喉の奥から本音を引き出すように舌をきつく吸い込む。
 濡れた真っ赤な目で睨むのが、かわいくて仕方がない。
 お前は本当に馬鹿で、かわいくて、愛おしいやつだ。
「なんだ」
 殊更甘い声で囁いて、望む言葉を待つ。
 すっかり反り返った<克哉>の熱が克哉の手の甲を打つが、あえて知らない振りをする。
 いやらしくかわいい半身に、いやらしくかわいくおねだりさせたい。
 ごくりと喉を鳴らした<克哉>が、掌の中の克哉をきゅっと握って、上目で見つめて震える唇を開く。
「……して?」
 かわいい。かわいすぎて眩暈がする。
 求めた言葉は予想以上に甘く胸に突き刺さって、媚びる表情は予想以上に下半身を苛む。
 かわいく言えたご褒美に、体がきしむほどに抱きしめて、唇に噛み付く。
 ふたつの猛りを体の間で捏ね合わすと、半身が悲鳴のような嬌声を上げる。
 この三度目の荒淫が終わる頃には、窓の外では夜が明けようとするだろう。
 だが、朝がくれば終わりなんて、そんな世間一般的で健全なことを、世間一般的ではなく不健全でふしだらで超健康な克哉たちがするはずもない。
 時間など関係なく、奪い尽くして、与え尽して、本当にひとつの体になってしまうと思うほどに溶け合って、ようやくふたりの時は白み始める。
 だからそれまでは、例え太陽が頂きに君臨しようとも、ふたりの夜はまだまだ明けない。
2012.09.24