花より ☆
エロ有  克哉=眼鏡、<克哉>=ノマ



 克哉たちが暮らす街の河川敷では、毎年八月の同じ日に花火大会が開催される。
 競技大会の上位に入るという製造会社が手掛けているせいか、歴史は浅いながら質が高く華やかだと有名だ。
 無理難題とも言える条件のせいで難航していた物件探しでこの街にきた時、部屋から花火が見えますなんてところがあれば条件のひとつふたつ妥協してもそこに決めてしまうのもいいかもと思っていた。
 そしたらなんの幸運か、条件を全て満たした上に部屋から花火も見えますなんて都合のいい物件が急遽空きが出て入居予約もなく即入居可なんて奇跡に遭遇して、見えざる力とその力の発生源がちらりと脳裏を過ぎり背筋に悪寒が走りつつ、気にしたら負けだと内見したあとすぐこのマンションの契約を決めた。
 外に出ればひとつの体になってしまう克哉たちにとっては、そんなイベント事をふたり並んで寄り添って見ることができるなんて、考えただけでも胸がきゅんとして溜め息が出る。
 だから去年ものすごく楽しみにしていたのに、当日仕事でちょっとしたトラブルがあって残業になり、終電ぎりぎりで帰宅するという残念な結果になったから、今年こそは絶対とふたりで意気込んでいた。
 開催は八月下旬だというのに、八月になってすぐからそわそわし始めて、一週間前ともなるともうテンションはマックスで、ふたりの会話の話題はそればかりになった。
 そして前日の今日、ついに明日と興奮しながら帰宅すると、隣りの奥さんとエントランスでばったり会った。
 克哉たちの右隣は角部屋で、若い夫婦が住んでいる。深い付き合いはないものの、会えば挨拶するのはもちろん軽く世間話をする程度に近所仲は良好だ。
 どうもー、こんばんはー、などと挨拶したあと、お互い同時ににかっと笑ってこう言った。
「明日ですね!」
「ですね!」
 今は眼鏡を掛けていないから、拳を握る奥さんの言葉に、<克哉>も拳を握って返す。
 近くで見るのが一番いいけど暑さと人込みがいやとのもっともな理由で、このマンションに入居してから夫婦は毎年家で見るのだと去年聞いていた。
 うっかり、うちも家で見る予定ですという言い方をしてしまったが、彼女を家に連れてきて見るんだなと誤解してくれたようだ。
 残念ながら残業で見逸れたと言うと、部屋から撮った写真を見せてくれた。いい人だ。ちなみに旦那はイケメンだ。
 今年は見られるといいですねとか晴れますよねとかキャピキャピして、さらに十分ほど玄関先で立ち話をしてようやく家の中に入る。
 若奥様たちの団欒、と、克哉はひそかにいつも微笑ましく思っている。
「ただいまー」
「おかえり」
「おかえり」
「ただいま」
 言い合って、ただいまとおかえりのキスを交わす。一般的なそれより多分ちょっぴり情熱的なのは、克哉と<克哉>の仲のよさを反映しているからなのももちろんだが、一番そばにいるのに一番遠く離れている切なさを消し去りたいからかもしれない。
「今日なに食べたい?」
「お前」
「バカ……」
 というお決まりのやり取りを飽きもせず今日もして、着替えて食事を作り食べる。
 明日は花火を見ながらビール片手に屋台風の夕食の予定だ。楽しみすぎて転がりたい。
「よし、やるぞ!」
 明日帰ったらすぐ食事の用意ができるように、食材をあらかた仕込んでから、<克哉>が鼻息荒く宣言する。後片付けを手伝った克哉も深く頷いて、早速寝室へ移動する。
 やる、と言っても、そっちのことではない。
 去年の花火大会の二、三日前だったか。家に帰るとベッドの上に見知らぬものが置かれていた。最初気付かなくて、部屋着に着替えてから発見したそれ。ふたり分の浴衣一式。
 あの男は、たまにこうしていいものも持ってくることがある。ただし、不法侵入は今更だから別に気にもならないが、奴もたまには気が利くなと言ってやってもいいようなものを持ってきたあとは、対価のように何かしらのとんでもないことが起こると学習しているから、後々が多少気掛かりではある。
 しかし去年は結局花火は見られずせっかくの浴衣も当日着ることはなかったからか、しばらく身構えてみてもなんの災難も起こらなかった。
 下手に着るのも怖いし、来年の花火大会まで取っておこうと大事に仕舞っておいた浴衣も、とうとう明日出番の時だ。
「やっぱりなにかしらは起こるよな……」
「今更だろ」
「そうなんだけどさ……あー、着たいけど着たくない」
 浴衣を広げたり抱きしめたりぐだぐたする<克哉>を尻目に、克哉はさっさと服を脱ぐ。
 浴衣なんて子供の頃に着せてもらったくらいで、自分で着付けた経験などない。それでも去年前日に何度も練習してなんとか着られるようになったから大丈夫だとは思うが、備えあればで今年も練習しておくことにした。
 浴衣と一緒に置かれていた、ご丁寧に写真付きでファイル綴じされた着付け手順マニュアルなるものを参考に四苦八苦する。
 写真には顔は写っていなかったが、体型や浴衣には不似合いな革の手袋からしてモデルはどう見てもあの男で、「浴衣の着付けできるんだ……」「それより誰が撮ったんだ。セルフタイマーか?」「……念写?」「……」などと若干血の気が引いたと同時に、浴衣を着付けてポーズを取って一枚一枚セルフタイマーなり念写なりで写真を撮りちまちまマニュアル作りをする姿を想像すると、作ってもらっておいて悪いがどうにも気持ちが悪くてふたりで顔を引きつらせるしかなかった。
「えーっと、ここをこうして、これはこう?」
「違う。こうだ」
「はあ? そんなのどこにも書いてない」
「書いてなくても経験で分かるだろ。去年一応着たんだから」
「ちょっと着ただけじゃ分かんないよ。オレはお前と違ってバカだからぁ」
 拗ねた。かわいいからキスしてご機嫌を取る。
「……ふんっ」
 直ったらしい。単純だ。
「やったー! かんせーい!」
「まだだ。ここが緩い」
「……細かいやつ」
「……」
「ぐえー! なんでもないですすみません!」
 緩んだ帯をしっかり結んでやって、なんとかお互い完成した。久しぶりで手間取りはしたが、三十分もせずに終わった。
 花火開始は七時半。定時で帰って夕食を作って浴衣を着るとなると、もう素早く着られるようになって余裕を持ちたい。
 去年は十分程度で着られるようになっていたのに、それきり着る機会がないとできなくなっているものだ。
「とりあえず去年くらいになるまで練習だな」
「じゃあ今日はおあずけか」
「……あ、明日の、ためだから……」
「ああ。明日の、ためな?」
「っ」
 意味ありげな口調で言って唇をかすめると、<克哉>は真っ赤な顔で睨んでくる。
 浴衣。花火。寄り添うふたり。いい雰囲気。とくれば。
「浴衣で、なんて、興奮するな」
 どうせお互い考えていることをドストレートに口に出すと、照れギレした<克哉>に足蹴にされた。


 混むとは聞いてはいたものの、ここまでとは。
 乗り込むことを躊躇してしまうほどの混雑ぶりに、克哉は思わず顔をしかめる。
 いよいよ花火大会当日。空はよく晴れ、危惧していた残業もなく、終業と同時に会社を出て電車に乗った。通勤は電車一本三十分強。克哉たちの最寄り駅の二駅先が大会会場に一番近いとあって、当然この路線の利用客が最大だろう。
 克哉が乗った時にも扉が開けば人と蒸気が溢れ出る状態だったのに、停車するたび人は増え続け、朝の通勤ラッシュピーク時よりも酷い有様だ。
 とてつもなく長く感じた三十分を経て汗だくで電車から降りたあと振り向いてみれば、人間がぎっしり詰まった鉄の箱がえっちらおっちら動く様に少しぞっとした。
 都会の恐ろしさを改めて実感しつつ、自宅マンションまで走る、のはなんとなく恥ずかしいから早足で駆ける。
「ただいまっ、おかえりっ、ただいまっ」
「そんなに急がなくても間に合うだろ」
「だってっ、早くっ」
 あたふたとしながらも手洗いうがいはしっかりしたあと、<克哉>はスーツのジャケットを脱いだだけの上からエプロンという各方面地味に需要がありそうな恰好で夕食作りに取り掛かる。
 克哉は<克哉>のジャケットやら鞄やらをクローゼットに仕舞って、先に浴衣に着替えてしまう。
 昨日練習しまくって、最終的に五分で着られるようになった。いくらなんでもそんなに早くなる必要はないのに、俺のほうが早くできるな、オレのほうが早くきれいにできるし、いや俺がいやオレだ俺がオレだとなぜか競ううちに五分になって、お互い我に返ってそれ以上はやめておいた。
 愛しい恋人であるのに、お前には負けてなるものかとライバルの気持ちもあるのは、男の本能であるとともに、克哉と<克哉>はどこか兄弟のような意識も持った関係だからなのだと思う。
 <克哉>はやたら慌てふためいて準備を始めたが、浴衣をそれだけ早く着られるようになったんだから、時間には余裕がある。急ぐどころか軽くシャワーまで浴びて綽々と浴衣に手を伸ばしたところで、<克哉>が溜め息をつきながら寝室に入ってきた。
「あれ、まだ着替えてなかったのか」
「シャワー浴びた」
「あー、時間余裕あるもんな。ちょっと急ぎすぎた」
 よほど急いで夕食作りをしたらしく、<克哉>は少しぐったりしている。仕込んでおいていたとはいえ克哉がざっとシャワーを浴びる間に作り終わったんだから、ぐったりもするだろう。
「あと盛り付けとかお願いな」
「ああ」
「はあ。オレもシャワー浴びよ」
 腰紐を巻いて全体の形を整える克哉の横を<克哉>が通り過ぎる。のを。
「わっ」
 腕を掴んで抱き寄せる。せっかく整えた浴衣が乱れたが、やり直せばいいだけだからどうでもいい。
「なんだよ急に。びっくりするだろ」
「キス」
「へ?」
「ただいまおかえりのキス、してない」
 <克哉>がわたわたと家に上がってあわあわと食事作りを始めたから、大事な日課を今日はしそびれていた。
 以前は<克哉>が何かをしていても強引に中断させて我を通していたのに、機を待つ優しさを身につけたことを褒めてくれてもいい。
「……もう」
 褒められはしないものの、お前はほんと仕方ないんだからと頬を赤らめた顔がかわいいからよしとする。
「ただいま」
「おかえり」
「おかえり」
「ただいま」
 言うごとに四回。朝はいってらっしゃいいってきますでやっぱり四回。朝晩計八回。たまに数回おまけ付き。毎日毎日まあよくやるもんだ、とは、ふたりとも特に思ってはいない。
「ん、んっ、ちょっ」
「んー?」
「っ、そ、そっちの、パターン、は、だめだから……」
「ん? ああ、うん」
 今まで我慢してたのと、ここが玄関先ではなく寝室なのも相まって、つい始めそうになった。おかえりのキスから熱くなってそのままその場での流れもままあるが、今日はほどよいところで留めておかなくては。
「じゃ、じゃあ、シャワー浴びて着替えるから、あとよろしく……」
「ああ」
 蕩けるキスのせいか、わずかにおぼつかない足取りで<克哉>がバスルームに向かう後ろ姿を、にやけて見つめる。
 気付けば、あとは帯を締めるだけだった浴衣はすっかりぐちゃぐちゃになっていた。
「なんかもう満腹だな」
 滑らかな生地を広げ、いちから着直しながらぽろりと出た言葉に、自ら打ち消す首を振る。
 いやいや。目眩くお楽しみは、まだまだこれからだ。

 焼きそば、イカ焼き、じゃがバター、そしてビール。チョコバナナも作ろうという意見は却下した。バナナが嫌いだからではない。食い合わせの問題であるからして。
 言ってみれば、用意していた材料を炒めて焼いてチンしただけかもしれない。しかし十数分の短時間で全て仕上げて、ある程度片付けも終えてしまっているなんてどうだ。うちの嫁は完璧だと、大っぴらに自慢できないこの口惜しさよ。
 花火はリビングからでもばっちり見えるらしいから、朝のうちにダイニングテーブルを窓側に移動させておいた。いつもは向かい合う椅子を横に並べるだけでもなんだか嬉しくてにやける。
 テレビでニュースチェックをして少し暇を潰して、頃合いを見て食事をもう一度軽く炒めたりであたためて皿に盛り付け洗い物をしていると、支度を終えた<克哉>が寝室から出てきた。
「ありがとなー。手伝うよ」
「いや、もう終わる。先に座ってろ」
「そう? じゃお言葉に甘えて」
 対面キッチンからは、椅子に座った<克哉>の背中が見える。洋服ではなく浴衣を着ているというだけなのに、白いうなじからは普段の八割増しくらいで色香が漂い、こんな卑猥な生き物を家の外に出したら付近の人間全員を病院送りにしてしまうと本気で思う。
「終わった」
「おー、お疲れー。時間まだあるけど、先に乾杯しちゃおっか」
「お前顔中にビールビールって書いてるぞ」
「出ちゃってる?」
「出ちゃってる」
 えへへとはにかんで頬を揉む仕草が殺人的にかわいい。病院送りになるのは克哉も例外ではない。
「その前にちょっとお前立ってみろ」
「えー? 乾杯……」
「もう少しくらい我慢しろ」
 両目にビールしか映っていない<克哉>に苦笑して、腕を引き促して目の前に立たせる。
「昨日も散々見たじゃないか」
「いや、改めてちゃんと」
「なんか恥ずかしいなぁ」
 とか言って、どうかな、と腕を広げて首を傾げるポーズを取るあざとさに最早腹立たしささえ覚える。
 夜明け前の空みたいと<克哉>がなんだか詩的に表現した、袖全体と胸から上部が淡い色にグラデーションされた藍色の無地の浴衣はふたりともお揃いだ。帯だけが黒に白縞のものと白に黒縞のものの二種類あって、どちらが何を言うでもなく、当然のように克哉が黒に白縞、<克哉>が白に黒縞を手に取った。
 実のところ去年も昨日も、浴衣を着た<克哉>を見てはいるがしっかりとは見ていなかった。というかしっかり見るのを自制していた。
 だってそうだろう。こんな。こんなだ。こんなのをうっかりしっかり視界に入れてしまったら、それはもう。
「……もういい」
「え?」
「ちょっとヤバい」
「あ……あ、うん……」
 何がヤバいのかなんて、言わなくても<克哉>は理解した。
 克哉は知っている。<克哉>もまた、今の今まで克哉の浴衣姿をまともに見ないようにしていたことを。
「乾杯、するか」
「そ、そうだな」
 氷水を入れてクーラー代わりにした寸胴鍋から瓶ビールを出して、お互い目を合わさず注ぎ合う。今目を合わせたら終わりだと、ふたりとも分かっている。
 やめておけばよかった。見なければよかった。ちょっと立ってみろ、じゃないだろう。何を言ってるんだ。欲望に負けた。なんて弱い自分。
「じゃあ、かんぱーい……」
「乾杯……」
 気まずい。早く花火が始まればいい。そうすれば多少気が紛れる。
 心の底から楽しみにしていた花火なのに、今はこの隣に座る卑猥な男にむしゃぶりつかないようにするための繋ぎの役割になってしまった。
「……」
「……」
 わずかに触れる肩がぴりぴりする。ビールを飲んだって焼きそばを食べたってよく味もしなくて、全身全霊意識が<克哉>に傾いて、すぐにでも襲い掛かってしまいそうだ。
 そもそも浴衣なんて着なければよかったのではないか。花火大会だからって別に浴衣の必要はないだろう。そうだ、こんなものを持ってきたあの男が悪い。そうだ。そうだ。
「じゃがバター、おいしいな」
「そうだな」
「……」
「……」
「ビール、おかわりは」
「自分でやる」
「そう……」
「ああ……」
「……」
「……」
 駄目だ。早く。まだか。今何分だ。下手に視線も移せない。上がれ。早く。早く。もう限界だ。
「あっ!」
 熱い息も上がりかけたその時、開いた瞳孔でひたすら見張っていたベランダの先に、鮮やかな光が見えた。
「あっ、あっ、電気! 明かり! 消して!」
「リモコン、リモコン」
 明度を下げて点けていた照明を完全に消すと、堰を切って次々と空に散る光が部屋の中までをも色とりどりに照らす。
 光のあと間髪を入れずに響く重低音が、窓を閉め切っていても腹の底を揺らした。
「近っ! 近っ! えっ、なに、こんなに近いんだ!?」
「写真以上だな」
「な!」
 隣の奥さんから見せてもらった写真でも、こんなに近くに見えるのかとは思ったし、奥さんも実際はもっと大きく見えますよと言ってはいた。
 しかし今目の前で咲き誇る花々は話の想像以上で、まるで打ち上がるその場所で見ているかのような錯覚に陥るほど、大きく眩しく輝いている。
「すごい……」
 思わずといったふうに零れた<克哉>の言葉に、無意識に頷いた。先程一瞬本日の主役から繋ぎに格下げされた花火は、冗談じゃないわと言わんばかりにその美しさを見せつける。
 うまい具合に風が吹いているおかげで煙が溜まらず、連続して打ち上がっても全てがくっきりと夜空に映し出される。
 さすが評判だけのことはある。人込みに揉まれても見に行く価値は十分だ。
「っと、花に夢中すぎて団子が恥かいてる」
「おお、そうだな」
 あまりの美しさに陶然としてしまい、危うく食事は冷めてビールは温むとこだった。見て食べて、滅多に体験できないお祭り気分を味わわなくては。
 花火の邪魔にならない程度の明るさに照明を点け直し、放置された食事を再開する。
「はいビール」
「ん」
 打ち上がる間は光に見惚れ、しばし間が空けば食事を摂る。先に食べ始めていたからそれほど時間は経たずに食事は終わり、あとはビール片手にたーまやーとか言って盛り上がる。楽しいしきれいだ。
「おーすごいすごーい」
 一際大きく打ち上がった一発に拍手してはしゃぐ<克哉>に、和む笑みが漏れる。
 期待を遥かに上回るの花火のおかげで、さっきの熱は少しおさまった。あくまでも少しだ。けれど、多分手を繋ぐくらいなら、大丈夫だと思う。
「……へへ」
 熱いてのひらの接触に、<克哉>は一瞬はっと小さく震えたが、すぐにしなやかな指先を握り返して照れくさそうに笑う。
 あんなことも、こんなことも、とても口には出せないあらゆることを散々してきているのに、ただ手を握るという純な行為に、どんなに濃厚な愛撫よりもじんじんと胸が高鳴る。
 薄明かりの中、肩を凭れ間近で見つめた<克哉>の柔らかな微笑みに、心拍数がさらに増す。中学生の初デートの気分だと思って、ちょっと笑えた。
 夏で、花火大会で、初デートでいい雰囲気なら、血気盛んな男子は勇気を出して、こうするしかないだろう。
「ん……」
 重ねた唇は、ビールとソースの味がした。ソースはともかく、中学生でビールはいけない。でも克哉たちは大人だからいいんだと、なんだか思考がおかしくなっている。それくらい、今の状況に興奮していた。
 浴衣で花火をふたりで見る非日常は、思ったよりも新鮮な刺激となって克哉の全身に突き刺さる。
 よく<克哉>のことを単純だと言うが、克哉だってよっぽど単純だ。
「ん、んっ、んんっ」
 手を繋ぐくらいなら大丈夫。なんて、全然大丈夫じゃなかった。触れてしまえば、見つめてしまえば、やっぱり終わりだ。
 夢中で貪る唇はもう甘い<克哉>の味しかしなくて、新鮮な刺激を簡単に打ち負かす、<克哉>から与えられる馴染んだ刺激にさらに興奮していく。
 深く絡まる舌の隙間から漏れる熱い吐息と甘えた声が、<克哉>も克哉と同じ興奮を覚えていることを教える。
「ん、あ」
 くちづけたまま目を開けると、同じタイミングで<克哉>もうっすら瞳を見せた。
 近すぎてぼやけていても分かる、潤んだ瞳が伝えること。欲しい、好き、愛してる。同じ気持ちを交わし合うだけで、気が遠くなる快感を覚える。
 熱い体を寄せ、わずかに揺れ始めた<克哉>の腿に手を触れた瞬間。
「っ」
「っ」
 しばらく間が空いていたのに、狙いすましたかのように殊更大きく響いた重低音と、ふたりを照らす目映い光に、絡み合う動きが止まる。
 真ん丸に見開いた目と目が滑稽で、唇を付けたままふたりで噴き出す。
「まだ待てだと」
「うん」
 花火さんに諌められた逸る互いに苦笑して、手を繋いだまま鑑賞に戻る。
 ぴたりと寄り添い、繋いだ手の上にさらに手を重ね、両手で握り合う。ひと言も交わさず、じっと光の瞬きを瞳に映す。
 確かに花火はきれいだ。でももう、目に映る芸術はどうでもよかった。ただひたすら、手を繋ぎ体を寄せる<克哉>のことしか考えられない。
 結局、<克哉>の前ではどんなに素晴らしい花火だってなんだって、主役になれるわけはないのだ。そんなこと、今まで何度思ったことか。
 花火の予定時間は、なんとも半端な一時間二十分。開始から約一時間。あと二十分。あと二十分待てばいい。
 いやしかし。
「あ、仕掛け花火かな」
 ずいぶん長く続く静けさに、<克哉>は繋いだ手を解き窓の前で背伸びをして様子を窺う。
 ダウンロードした大会プログラムでは、仕掛け花火のあといよいよ最も絢爛なグランドフィナーレの乱れ打ちとなるのだが。
「あー」
「見えるか?」
「それっぽい明かりは見えるんだけど、あそこのマンションがちょうど被ってる」
「ああ、あれか」
「うん。いいなぁ、多分あのマンションからなら全部見えるよな」
「ベスポジ」
「なー」
 他愛ない会話。これからクライマックスを迎える花火。克哉の頭には、あらゆることがぼやけてしか存在していない。ただひとつはっきりと確かなことは。
「<オレ>……」
「あっ」
 窓に張り付く後ろ姿を抱きすくめると、<克哉>は小さく声を上げ、びくんと震えた。
「もう駄目」
「っ、<俺>っ……」
「限界」
 耳元で囁く低音に、<克哉>の息が乱れる。そろりと撫でた胸元には一点、薄くはない生地の上からでも分かる尖った感触があった。
「あ、こ、これから、一番すごい、最後の、あとちょっとで、少しで、すごい、最後の」
「うん。来年見よう。来年、一番すごいとこ一緒に見よう」
「だって」
「去年、見られなかっただろ。今年は最後まで見られなかった。じゃあ来年はきっと、最後まで見られる」
「なに、それ……」
 だってそうだろう。克哉と<克哉>は来年も再来年もずっと一緒にいるんだから、去年は駄目で、今年は途中で駄目でも、来年でもいつでも機会はある。
 そりゃあたとえ来年最後まで見ることができたとしても、今年と同じ花火は二度と見ることはできないだろう。しかし今この瞬間の<克哉>だって、二度とない。
 どちらを取るか。愚問にもほどがある。
「なあ。そうしよう。来年、最後まで見よう」
「ん、んっ」
「な?」
「あっ」
 同意なんて取る必要はない。まさぐる体は、縋るてのひらは、零れる吐息は、すっかり熱くなりきっている。
 ただ単に、<克哉>がうんと言うまで焦らしてやると、意地の悪い悪戯心が働いているだけ。
「<オレ>」
「あっ!」
 囁いたついでに耳に舌を入れてやると、<克哉>は鋭くかわいい声を上げた。
 目の前では、フィナーレに向けじわりじわりと大きな花火が打ち上がり始めていたが、おそらく<克哉>にはもう見えてはいない。
「来年、見る……?」
「うん。来年見る」
「ほんと?」
「ほんと」
 ちゅっと頬にくちづける。熱に蕩けた<克哉>はへにゃりと笑って、克哉の頬にもキスを返した。
「うん」
 いいお返事ができたご褒美とばかりに<克哉>の頬をまた吸って、強く抱きしめてからカーテンを閉める。
 ふざけるなと花火はどんどんしていたが、今年はここで勘弁していただく。
 照明の明るさを上げて、手を繋いでローソファーの前まで移動する。向かい合わせで立ち、ちゅっと軽くくちづけた。
「さて」
 もう自制せず、思う存分<克哉>の浴衣姿を鑑賞する。
 浴衣の装いそのものも、色も、帯も、<克哉>にぴったりで、かわいくて、卑猥で、たまらなくて、大満足だ。
 セクハラオヤジのように、藍の生地を纏った体をにやけ顔でさすって撫で回してしまう。
「よく似合ってる」
「お前も」
「かっこいい?」
「……かっこいい」
 照れながらも素直に返す<克哉>にやに下がり、ぎゅうっと強く抱きしめる。
 啄む触れ合いから徐々に深いキスを交わしていきながら、ソファーの上に腰掛け向かい合わせで<克哉>を跨がらせる。
 グランドフィナーレの乱れ打ちだろうか、一切の絶え間なく鳴り響く音が部屋を満たしているが、克哉の耳には遠く微かに届く程度で、絡み合う唇の水音と、<克哉>の漏らす蕩けた声と甘い吐息が鼓膜と心を激しく揺さぶっている。
「ん、あ、あ」
 首筋にキスを移すと同時に少し帯を緩め、すでにだいぶ乱れている浴衣の衿をさらに開いて白い胸を晒す。
 藍と、白と、尖った紅と。花火のそれより美しい、鮮やかに引き立て合う色の共演。
「エロい」
「バカ……」
 にやける頬をつねられた。もちろん痛くなんかない。むしろ心地好くて、ますます頬が下がってしまう。
「あっ、あっ、ん、んーっ」
 触ってもいないうちから膨れていた尖りを指で口でしばしいじめてやって、顔を上げまたキスをして抱きしめ合う。
 髪を撫でてくれる<克哉>のてのひらに、幸せだ、と思った。
「さっき」
 不意に<克哉>が耳元で呟いた吐息がくすぐったい。
「うん?」
「さっき、手繋いだ時さ」
「うん」
「なんか、中学生の初デートみたいって、思った」
 <克哉>も克哉と全く同じことを考えていた。同一人物であることに加え、ふたりで暮らす年月も長くなってきたから、思考が重なったり、同時に同じことを言ったり、そういうことがこの頃多い。
 そんなことすら、幸せのひとつ。
「そうか」
「うん。でも、今時の中学生なら、もっと進んでるのかな」
 何気なく言ったであろう言葉に、にや、と勝手に口角が上がった。
「こんなことしたり?」
「んあっ!」
 膨れたまま次の恵みを待ちわびていた両の乳首を、指先で強く捏ねる
 急な刺激に大きくのけ反った<克哉>は、捏ね回すたびにびくびくと震え、克哉の浴衣に必死でしがみつく。
「そうだな。一部のませたガキ共は、俺たちと同じく、こんな浴衣プレイを楽しんでるかもしれないな」
「やっ、あっ、おま、バカっ」
「馬鹿?」
「んんっ!」
 <克哉>に馬鹿と言われても、嬉しいだけなのに。
 口の悪い愛しい唇に噛み付き、たっぷり味わう。そのうちに<克哉>は腰をくねらせ、密着している克哉の硬くなったそこに自分のそれを擦り付けてくる。いやらしい仕草に、心の中で感嘆の溜め息をつく。
「きつそうだ」
 浴衣の裾を割って、張り詰めた下着を露わにさせる。浴衣を着る時は線が出ないように下着は穿かないんだぞと適当に言ってみたことは、バッカじゃないか!? と一蹴された。どうせ脱がすからいいが。
「あっ、やだ、こんな」
 邪魔な布をさっさと脱がすと、解放されたしなやかな猛りが藍の生地の間で勢いよく天を衝く。
 帯に付かんばかりに反り返るそれは濃く色付き、<克哉>の意思とは関係なく引きつったように脈打っている。
「うわー、最高。エロい」
「バカ、バカっ」
「そんなに褒めるな」
「バカっ!」
 頭をはたかれた。でも嬉しい。
「もうこんな」
「あ、あっ」
 先端から滲む滴を指先で掬い糸を引かせて見せつけてから、次々と溢れるそれを全体に塗すようにゆっくり扱く。
「んっ、あ、ああっ!」
 徐々にスピードを上げ卑猥な音を立てて上下させながら乳首も吸ってやると、<克哉>はだめだめとうわ言のように言って首を振る。
「これ食べたい」
「やだっ」
 <克哉>のやだはイコールいい。ソファーにそっと押し倒し、<克哉>の腰元に顔を伏せる。ちらりと見上げると、言葉ではいやと言ったはずの<克哉>は、期待に満ちた瞳で克哉を見つめていた。ほらやっぱり。
 最高の浴衣姿を堪能させてくれたんだから、お礼にたっぷりご奉仕させていただかなくては。
「やだ、それ、だめ、やだ」
 <克哉>の一番好きな頭の部分をしつこく責めて、唇で先端から根元まで柔らかく扱いてやる。口の中で跳ねる硬さが舌に心地いいから、<克哉>がいいと克哉もいい。
「んー」
「あっ、あっ、やあっ」
 ゆっくりねっとり責めるたび、<克哉>がかわいい声で鳴くから、耳にもいい。見上げれば、浴衣をはだけた色気むんむんの<克哉>が蕩けた瞳で見つめてくるから目にもいい。つまり全部いい。
「んあ、あ、あ、<俺>っ」
 克哉の髪をぐしゃぐしゃに掻き回し、<克哉>は体を捩って激しく乱れる。どうして<克哉>は、こんなにいやらしくてかわいいんだろう。心の底から不思議に思う。
 とりあえずこのまま一度口でいかせてやるのもいいが、なんとなく勿体ない気がした。
「興奮してるな」
「ん、ん」
 伏せた身を起こし、息も絶え絶えな<克哉>の顔中にくちづける。最後に唇に濃厚な愛撫をしてから、しがみつく手を取り克哉の中心に引き寄せた。
「俺も、きつい」
「あっ」
 触らせた感触に<克哉>は一瞬泣きそうな顔をしたが、すぐに自分からそこをさすって克哉にくちづけてくる。
 体勢を入れ替えながらも離れずキスを交わし、そのまま今度は<克哉>が責める番になる。
 普段はかわいくてかわいくて怖いくらいの<克哉>も、上下を替えるととてつもなくかっこいい顔になって、いつも克哉はうっとりしている。
 恥ずかしそうに怖ず怖ずと施す以前の<克哉>も捨て難いが、男前全開の<克哉>もたまらなくて、我が半身の蟲惑っぷりには、地にめり込むほどに平伏したい。
「はあっ」
 下着を下ろし、姿を見せた克哉の屹立に、<克哉>はごくりと喉を鳴らした。
 ああしろこうしろと指示をしなくとも、克哉を知り尽くした<克哉>の技巧に、容易にますます高められていく。
「あー、すご。エロ。エッロ」
 浴衣の<克哉>が浴衣の克哉の脚の間に顔を伏せ口いっぱいに硬い猛りを頬張る。大丈夫だろうか。こんなすごい光景、なんか色々大丈夫だろうか。
「エロい」
 絶妙に焦らされて、そんなにしたら駄目というほど責められて、<克哉>の自在な唇にあられもなく声が漏れる。
 料理上手は床上手。誰が言ったか知らないが、うまいことを言うもんだ。
 克哉を翻弄しつつも、奉仕すること自体に快感を覚えているのか、<克哉>の腰がゆらゆらとうごめきだす。
 男前と淫乱のはざまを行き来する様に、脳みそが煮え立ってしまいそうだ。
「<オレ>」
 これ以上されたらいつ発射するか分からない。起き上がって<克哉>の顎を摘まみ、もういいと伝える。
 また向かい合わせで抱き合って、深くキスを交わす。奉仕のあとだからか舌の動きがよりいらやしく巧みになっていて、キスだけで昇天させられる勢いだ。
「汚したな」
「あ……」
 零れる先走りが、浴衣と帯を濡らしていた。しわなんて今更で、上質そうな生地がかわいそうなくらいよれよれになってしまっている。
 去年は練習で着ただけだから、浴衣だけ手洗いして仕舞っておいたが、今回は手洗いではどうにかなりそうにはない。帯なんてどうすればいい。
「ま、そこらへんに適当に置いとけば、明日にはきれいになってるだろ」
「そんなうまいこと」
「そこまでしてもらわないと」
 これは<克哉>の知らないこと。克哉たちふたりの生活は、一部始終あの男に把握されている。もちろん今日の楽しい浴衣プレイもお見通しのはずだ。
 絶対誰にも見せたくない、こんなエロかわいい<克哉>を仕方なく見せてやってるんだから、浴衣のクリーニングくらいはサービスに含めていてほしい。
 乱れに乱れた状態でも、それはそれでなかなかの趣きがある。もうちょっとこう肩も出してみてとか、ヌードモデルを撮影するカメラマンのように形を作って弄ぶ。
「エロい」
 上から下までじっくり見つめ、改めてひしと賞賛すると、<克哉>がぶはっと噴き出した。
「お前そればっかり」
「だって、エロい」
「あっ!」
 エロいものはエロい。他に表現が見当たらない。そう思いながら、エロい<克哉>のエロい尻を生地の上から鷲掴む。感触を味わい楽しく揉みしだいて、<克哉>の耳たぶに、首筋に歯を立てる。
 かわいくて、男前で、エロくて、美味。ひと粒で何度もおいしいこの存在は、自分だけのもの。独占欲が満たされすぎて悲鳴を上げる。
「や、脱ぐ、から」
 帯は取って、解ける寸前だった腰紐だけを結え直すと、<克哉>はなんでと言いたげな声を出した。
「何言ってる。脱いだら意味がない」
「バ、な、の、意味……」
 なんの意味って、だったらなんのために着たんだ。花火を見るためじゃない。浴衣を着たままやるためだ。
「あ、あ、あっ」
 片手で尻を揉み続けながら、もう片方で前を扱き先走りを指に絡める。たっぷり濡らしてから浴衣をたくし上げて、揉み込む尻の谷間に滑らせた。
「っ、っ、んんんっ!」
 ひくついて誘う蕾にゆっくりと指先を差し入れ、まずは浅いところで軽く抜き差しする。抵抗もなくむしろ柔らかく解れていて、遠慮なく奥まで進ませ掻き交ぜる。
 息を荒げぎゅっとしがみつく<克哉>が愛しくて、もっと気持ちいいところを責めてやりたくて丁寧に粘膜を愛撫する。
「中、熱い」
「はっ、あ、あっあ」
「気持ちいい?」
「ん、ん、気持ちいい、いい」
「ここも?」
「あああっ! それだめっ!」
 一点のしこりを見つけて強く刺激すると、<克哉>はがくがくと震え、さらに強く克哉にしがみついてくる。
 開発されきったそこはただの快感スイッチで、<克哉>は時折怖がるほどに感じている。
「<俺>、<俺>」
 震える<克哉>の手が克哉の前に伸ばされる。優しく包んで扱かれて、<克哉>が感じているのを見ているだけでも気持ちいいのに、物体的にも気持ちよくてたまらない。
 快感を伝え合うキスを激しく繰り返し、お互いの粘膜を擦り合う。克哉のそれは十二分に硬く聳り立ち、<克哉>の内壁は規則的に収縮し、もう準備は万端だ。
「もっと気持ちよくなるか?」
「うん、うん」
 強く抱きしめてから触れるキスをして、<克哉>の膝を立て後ろ手に付かせる。
「赤くなった」
 膝を付いて克哉の上に跨っていたから、骨張ったきれいな膝がすれてしまっていた。痛々しく見えるそこにそっとくちづけると、<克哉>は目を細めて小さく震えた。
「んっ……」
「っ」
 大きく開いた脚の間に、宛がった身をゆっくりと飲み込ませる。克哉と<克哉>の先走りに濡れただけでも難なく吸い込まれていく塊は、熱い襞たちに奥まで丁重にもてなされる。
 根元まで完全に包まれて、ひとつ満足の息をつく。後ろ手を付いた<克哉>を引き寄せ抱きしめると、<克哉>の重みでもっと奥まで狭隘を抉って、吸い付く襞に思わず呻いた。
「んー、んー」
「あー、気持ちいい……」
 克哉の猛った熱と<克哉>のうごめく熱が再会の抱擁を交わし、もう離れないと熱烈に絡み合う。
 負けじと克哉と<克哉>もきつく抱き合い、濃厚に舌を絡めくちづけを交わす。
「ん、ん、ふあっ、ふ、は、<俺>っ」
「ふー……動いていい?」
「ん、い、してっ」
 頬をすり寄らせたおねだりがかわいい。
 <克哉>の腰をぐっと掴んで、まずは浅く緩く、徐々に深く強く突き上げ、交じった粘膜を散々に擦る。
「ああっ! あ、あっ、あ、い、いいっ」
「ん、気持ちいい」
「気持ちい、いいっ、あ、すごい、ああっ!」
 ほぼ毎日味わっているのに、ちっとも飽きない強烈な快感に、目の前で星降るような火花が散る。
 火花。花火。そういえば花火。いつの間にか音は聞こえない。どの時点で終わったのか、果たして分からない。しかしまあどうでもいい。
「ああっ、あ、んっ、もっ、と、もっと、いっぱい」
「もっと?」
 めちゃくちゃに突いているのに、淫乱なこの男にはまだまだ足りないらしい。
 まったくこのド淫乱にも困ったものだと全然困ってないことを思って、腰を引き<克哉>の内から全て引き抜いてしまう。
「やだ、やだぁ」
 去っていった硬い肉を嘆いて泣いて、体をくねらせ空虚になった蕾を克哉の先端に近づけてくる。
 男のものが大好きな堪え性のない<克哉>ににやけて、そうじゃなくてとくちづける。
「後ろ」
「ん」
 言うと理解して、自らソファーの背もたれに手を付き四つん這いでねえ早くと克哉に視線を寄越す。
 艶めく形のいい尻も、求める熟れた窄まりも、恥ずかしげもなく見せつけ腰を突き出す淫靡な<克哉>に、なんてけしからんと首を振る。
「エロすぎだって」
 蕾の下で揺れる張り詰めた丸みを先端でつつき、敏感な会陰をなぞって、宛がった入り口に一気に突き入れる。
 肌を打つ音を響かせ乱暴に出し入れさせる怒張が、絡み付く<克哉>の粘膜の甘い愛撫に、より力強さを増す。
「ひっ、ひあ、あああっ! だめぇっ!」
 駄目と言って振りたくる巧みな腰使いはなんなんだ。この小悪魔め。
「あーあ、もう。エロいし、気持ちいいし」
 後ろに引いた<克哉>の両腕を支点に、最奥まで無遠慮に抉り立てる。
 全身が快感に支配され、意図的ではなく本能的に勝手に腰が前後して止まらない。
「んあっ、あっ、や、いいっ、い、奥、いい」
「うん」
 奥も、入り口も、全部。全部気持ちいい。たまらない。
 気持ちがよすぎて、こんなのすぐに達してしまう。
「最後」
 また引き抜き、<克哉>を反転させてソファーに押し倒す。どんな体位でも好きだが、やはりフィニッシュは顔を見て抱き合えるこの体勢が一番いい。
「<俺>ぇ……」
 組み敷いた下で、<克哉>が克哉の体をあちこち撫でる。愛しさでじっとしていられないのだろう。なぜ分かるかと言えば、克哉も全く同じだから。
「すき、好き、<俺>好き」
「ん。俺も。好きだ」
 またかというキスを交わして、真っ赤にひくつく窄まりの上を滴に光る猛りにぬめらせる。何度か往復したあと、ぐっと突き立てすぐさま激しく最後の抽送を始める。
「あああっ! あっ、やあっ、<俺>、<俺>」
 がくがくと揺さぶられ、克哉に手を伸ばす<克哉>の表情は完全に恍惚と蕩け、あまりにもかわいくて淫らで、愛しさと感動でちょっと涙が出た。
「最高」
 きつくきつく抱きしめ合って、息を奪うほどのキスをする。
 上と下で擦れる粘膜と、互いの腹の間に挟まれた<克哉>の熱い昂ぶりからは、濡れた卑猥な音が立つ。
 もう限界なのはよく分かっていて、さらに激しく追い込むと、これから行き着く天の果ての入口が見えた。
「んっ、あ、あ、あ、ね、も、いっちゃう」
「ん。俺も」
「あ、ん、んんっ、気持ちいい、気持ちい、すごい」
「ああ。一番よくしてやる」
 とろんと呟く口調がかわいすぎる。
 光の元まであと一歩。ふたりで共に駆け昇るために、壊れるくらい強く打ち込んでやる。
「やああっ! だめっ、だめっ! ああっ、あっ、あ、いく、いく」
「んー、好きだ」
「好きっ、んっ、あっ、オレ、も、好きっ」
「いくぞ」
「んんんんっ!!」
 この瞬間を、なんと例えればいいんだろう。強いて言えばあれだ、あの名作アニメの最終回。天使に連れられ神の元へ昇る主人公と犬。あんな感じ。馬鹿馬鹿しいがイメージはぴったりだ。
 目映い光の場所へ魂が吸い込まれていくような浮遊感。髄を貫く痺れる快感。愛しい相手から与えられる幸福。与える幸福。セックスとはなんと素晴らしい行為なのか。
「っ、あー……」
 吐精を治めた克哉のそれを、もっと注げと<克哉>の内襞が収縮して締め付け、残滓の一滴も搾り取る。優しくも厳しい貪欲な体が最高だ。
「んー……」
「気持ちよかったな」
「ん、気持ち、よかった」
 まだ余韻に惚ける<克哉>に、何度もキスを落とす。汗に濡れた髪を撫でて、唇を甘噛みしたりで遊んでいると、ようやく天から完全に戻った<克哉>から深いキスをしてきた。
「よし、じゃあ」
「あっ!」
 抜かず収めたままだった腰を軽く揺する。それだけで、中の克哉の体積が増し<克哉>の内が震えた。
「ベッドでもっと、気持ちよくなろうか」
 誘惑の囁きに、<克哉>は恥ずかしげにそれでもこくりと頷く。
 かわいい表情にでれりと目尻を下げ、またまたキスをする。
 夢中で貪りはふはふと息を切らす<克哉>だったが、ふと何かに気付いたように、突然舌の動きが止まった。
「ん……どうした?」
「その前に」
「うん?」
 克哉だけを見つめる目線が、ちらりと窓のほうを向く。
「片付けてから」
 ダイニングテーブルの上には、食べ終えた皿と飲みかけのビールがそのままで放置されている。確かにこのまま忘れてベッドに移動していたら、明日の朝頭を抱えるとこだった。
 いやだからって、何も今言わなくても。
 今の今まで情事に蕩けた淫靡な顔をしていたのに、すっかりきりりとスーパー主夫の顔になった<克哉>のかわいさには、克哉はもう苦笑するしかなかった。


 片付けといっても体はべとべとのどろどろで、とてもキッチンに立てる状態ではないから、とりあえず先にシャワーを浴びた。
 体はさっぱりしたものの、最後の瞬間までなんとか羽織っていた浴衣は、どうにかする気も失せるほど酷い状態だった。
 せっかくの浴衣がと消沈する<克哉>に、明日にはきれいになってるからと強引に押し通して、しわしわどろどろのままそれでも一応畳んでバスルームに置いておいた。
 大丈夫。明日には新品同様に。おい分かってるだろうな。
 パジャマに着替えて片付けをしたあと、ベッドで存分に続きをした。
 間が空いても冷めやらぬ興奮のまま、<克哉>はいつも以上に乱れ克哉も雄々しく強かった。
 浴衣で濃厚に、裸でたっぷり。いやはや本当に。
「最高の花火大会だった」
 しれっと言うと、腕の中の<克哉>は呆れたような溜め息をついた。
「お隣りさんに会って、最後すごかったですねとか言われたらどうすればいいんだよ」
「適当に合わせておけばいいだろ」
「そんな……」
「向こうは彼女と見るって思ってるんだから、様子がおかしくても察してくれるんじゃないか」
「なにを」
「ああ、きっと途中で盛り上がっちゃって、アレだったんだなって」
 ちろ、と睨まれた。かわいい。
「アレってなんだよ」
「言えばいいのか?」
「……いらない」
「聞いといてなんだ」
 笑ってぎゅっと抱きしめる。
 交わしても交わしても足りないキスを一方的にぶつけて、今更花火を最後まで見られなかったことにいじけているらしい<克哉>を宥める。
 年に一度の花火より、浴衣の克哉との睦み合いを取ったのは自分だというのに。
「来年は、ちゃんと最後まで見るんだからな」
「ああ。俺のかっこいーい浴衣姿に、お前が耐えられるならな」
「なっ! そ、それはっ、こっちの台詞だっ!」
「ふーん?」
 眉を上げにやにやして見つめると、<克哉>がそっぽを向こうとしたから、きつく抱いてがんじがらめにしてくちづける。
 離せバカうざいとぷんぷんするのがかわいくてたまらない。
「ああそうだ。来年の前に」
 いちゃつきつつ、あることをひとつ思い出した。一緒に出そうと思っていたのに、すっかり忘れていた。
「あっちの浴衣でもプレイしてみたい」
 <克哉>はすぐには言われたことが理解できず、顔に疑問符を張り付けていたが、思い当たったらしくじわーっと赤くなる。
「プレイ、プレイとかっ、言うなバカっ」
「プレイだろ」
「バカっ! バカっ!」
 腕を拳でぽかぽか叩かれて、正直痛い。でも気持ちいい。克哉は<克哉>限定でドMだ。知ってる。
 実は去年用意された浴衣は、今回着たものとは別にもうひと揃え、旅館なんかにあるような少し生地の薄い浴衣も一緒に置かれていた。
 そっちのほうは別に着る用事もないしいたって普通の旅館の浴衣だし、一度も着ることなく衣装ケースの中で寂しく眠らされていたのだ。
 しかし今回浴衣を着たセックスに思っていたより大興奮だったから、ぜひとも今度は旅館浴衣で挑んでみたい。あれならば、汚しても洗濯機で丸ごと洗えるから、お出掛け用の浴衣より気軽で性的な意味で使い勝手がいい。
 今まで眠らせておいたのが勿体ない。
 今日はもう満腹だから、明日にでも。いや、もう少し時間を置いて焦らしたほうが盛り上がるか。いつにしよう。楽しみだ。
「あれの帯は柔らかいからな。縛ったり目隠ししたり……ふむふむ」
「バカ! バカ!!」
 拳だけでなく足まで入った。
 しかしこうして罵って暴れてみても、<克哉>の頭の中だってもうそっちの浴衣でのプレイに期待が膨らんでいるはずだ。だからこそ照れ隠しでこんなに怒るんだ。
 花火を最後まで見られなかったとしょげた心はどこへやら。縛られて目隠しされてあんなことこんなことな妄想で、<克哉>の中はいやらしいピンク色できっといっぱい。
 つくづく俺たちは花より団子だなと、にやける克哉は深く思った。
2013.12.23