BM ~Part Ⅳ~ △
BM=バカ眼鏡


 半身が、何やらごそごそやっている。
 小さい紙袋から小さい箱を出して、嬉しそうな顔をする。今日会社でもらった新婚旅行土産だ。新婚旅行。羨ましい。俺たちも行きたい。
 中身は菓子だったようだ。中を見て、はわーとか言った。なんだ、はわーって。目がきらきらしてる。
 さっそく開けてひとくち食べると、肩をすくめて目をぎゅっとつぶり、手足をばたつかせて分かりやすく『おいしい』の表現をする。
 そしてもうひとくち食べて、今度は目をかっと見開いたあと、真顔で盆踊りみたいな謎の踊りを踊っている。やはりおいしさを表現しているらしい。おいしいの舞。なんだそれ。
 なんなんだろうかこの生き物は。
 若干いらっとするが、行動がいちいちかわいい。
 仕草のひとつひとつ、やることなすこと全部かわいい。
 半身はなぜこんなにかわいいのか。俺は毎日疑問に思う。
 せっかくだから、他にもどこがどうかわいいのかひとつずつ検証し、謎の解明に迫ってみよう。
「なあ<俺>ー、今日もらったお菓子、すっごいおいしいから一緒に食べようよー」
 発言がかわいい。うん、かわいい。言うことかわいい。
 たまに殺意が湧くほど腹立たしいこともあるが、基本かわいい。
 甘ったれた口調で<俺>ーとか言って、おいしいよーとか言って、かわいいな、うん。
「なー? おいしいだろー?」
 声もかわいい。響きが優しい。奇跡の音色だ。
 周波数が気持ちいい。普通の会話をしていてもうっとりする。気持ちよすぎて眠くなる。安心する。
 普段の声もたまらないが、やはりなんといってもあの時の声だろう。
 聞いてるだけで昇天する。もはや恐怖を感じる。すごい。エロい。
 半身の声はかわいい。やばい。
「おいしいな。ふふ」
 顔がかわいい。そりゃな。かわいいさ。かわいい。
 俺と同じ顔だが、ちょっと違う。半身はふにゃっとしてる。ほわっとしてる。癒される。
 マイナスイオン。マイナスイオンが出てるんじゃない。半身そのものがマイナスイオンだ。半身はマイナスイオンだ。
 特に目がいい。俺を見る目がかわいい。好き好き光線ばしばし送ってくる。それはもう聖母のような慈しみに溢れた目で俺を見つめてくる。優しい。かわいい。最高。
 きゅっと上がった口角もいい。笑うとさらにきゅいっとなって超かわいい。唇はいかにも柔らかそうで、触れてくれと言わんばかりだ。
「え? な、んっ。ん、ん、んんっ」
 ほら、やっぱり柔らかい。気持ちいい。かわいい。
「ふあ……ん、もう、なに、急に……」
 真っ赤に恥じらうこの色味。そう、肌もかわいい。肌がかわいいってなんだ? よく分からんが肌かわいい。
 元々俺たちは肌が強い。特別な手入れなんてしなくても元からつるつるだ。遺伝だ。お父さんお母さんありがとう。
 ただでさえそうなのに、最近半身が美容液パックなんかしてるから、さらにきめ細かい輝く美肌になってしまった。
 曰く、お前がよくぷにぷにしてくるから、もっと触り心地よくなったら気持ちいいかなと思って、だそうだ。つまり俺のためにせっせとパックをしてるということだ。乙女か。かわいい。俺のためにスケキヨパックしてる。かわいい。
 二十代後半男性とは思えない毛穴ひとつない白くぷりぷりの肌なんてどうだ。触るだろ。触るしかないだろ。せっかく俺のために手入れしてるんだから、そりゃ触るだろ。
「んん? ん、今度はなんだよ。あ、ちょ、や、まだ、お菓子、食べてるのに……」
 あと体。体かわいい。
 俺たちは体質なのかちょっとむちっとしてる。もちろん太ってるわけじゃない。女性的なのかもしれない。手とか骨張ってごついというよりすんなりして柔らかいタイプだ。筋肉が付いても柔らかい。柔らかいのはいい筋肉だ。
 バレーで鍛えた筋肉と、きめ細かで柔らかい肌がよりむっちり感を演出し、なんとも言えない絶妙な体つきをしてる。とどのつまりエロい。
 骨格がいいんだ。肩幅と腰がちょうどいい逆三角形で、スタイルのよさを際立たせてる。背筋を伸ばせと口を酸っぱくして言ったおかげで猫背も改善されたから、立ち姿は本当に見惚れる。かっこいい。そうだな、そこはかわいいというよりかっこいい。
 逞しく、だががっしりしすぎない肩は引き締まった腰の細さを強調させる完璧な設計だ。非の打ち所がない。
 そして細腰から繋がる──
「んあっ、だめ……片付けて、からぁっ……」
 尻。これだ。
 半身のかわいさの真骨頂。尻。半身の尻はすごい。どうすごいかって? 例えば──
「やあっ! だめ、ん、ん、だめっ」
 こうだろ? それから──
「ん、あ、あ、や、ちょ、くすぐっ、たい」
 こうで、こうだ。どうだ、この魅惑の尻。たまらない。
 もしかして尻の手入れもしてるんじゃないか? そんなおいしい場面は見たことはないが。しかしありえる。だとしたらかわいい。半身が尻の手入れしてたらかわいい。というか興奮する。尻の手入れをする半身。やばい。見たい。
「あ、ん、も、急に、その気に、なるんだから……」
 かわいい。かわいい。ちょっと見つめたらすぐ真っ赤になる。ちょっと触ったらすぐあんあん言う。こんなに一緒にいるのに、いつまで経っても初々しく敏感に反応する。
 どうしてこんなにかわいい。おかしい。半身はどこかおかしい。
 だってかわいすぎる。髪の毛、肌、顔、首、鎖骨、肩、腕、手、指、乳首、へそ、アレ、脚、かかと、爪先、背中、尻。声、雰囲気、存在そのもの。何もかも、半身という人間余さず全てがかわいい。
 なぜ。いや、実際のところ、そんなことは考えなくても分かってた。
「ん、は、<俺>、<俺>」
 半身だから。なぜこんなにかわいいのかって、それは半身だからだ。
 当たり前だ。半身なんだから、かわいいに決まってる。かわいくて当然。むしろ疑問に思うほうがおかしい。謎でもなんでもなかった。
 かわいい。かわいい。俺の半身。だから愛おしい。だからかわいい。
「あっ、あ、<俺>ぇっ」
 かわいい。好きだ。愛してる。
 なんてかわいい。毎日一緒にいて、毎日かわいさが上書きされる。すごい。半身のかわいさはものすごい。世界を救える。いや宇宙規模だ。
 宇宙一かわいい半身を愛して、宇宙一かわいい半身に愛される。どれだけ幸せなんだ。こんなに幸せでいいのか? いやいいんだ。
 かわいい半身を愛し、愛され、幸せ。俺の人生はそれで構成されている。
 お前がいるから幸せだ。かわいいお前が俺を愛してくれるから、怖いくらいに幸せだ。
 よかった。お前がかわいくてよかった。お前が愛してくれてよかった。
 よかったよかった。半身がかわいいから、今日も俺は幸せだ。




 会社でもらった新婚旅行のお土産を一緒に食べてたら半身が急にその気になった。
 こいつはいつもそう。どこでどうスイッチが入るのかよく分からない。新婚旅行ってのに興奮したのかな。新婚旅行。いいなぁ。オレたちも行きたい……って、なに言ってるんだオレは。
「<オレ>、<オレ>」
 あーあ、必死な顔して。かわいいなぁ。
 <俺>って案外かわいいんだよな。
 本人は無自覚なんだけど、たまに天然なのかなって思うこと言ったり、なにかに夢中になるとなぜか口が尖ってくるとことか、かわいいなぁって思う。そんなこと言ったら拗ねるから言わないけど。あ、でも拗ねたら拗ねたでそれもかわいいんだよなぁ。
「<オレ>、愛してる、好きだ、愛してる」
 こういう時は特にかわいい。オレのことを好きでいてくれてるってよく分かる。だからよりかわいく思えて、すごく愛しい。
 もちろん普段の、なんでもない時だって、<俺>はかわいくて、かっこよくて、愛しいんだけど。
 いじわるで、優しくて、強くて、弱くて、かっこよくて、かわいくて、甘ったれで、わがまま。
 面倒なやつだなって思うけど、そこも含めて愛しい。
 だって半身だから。オレの半身だから、<俺>の全て、なにもかも、存在そのものが愛おしい。
「<オレ>、愛してる」
 大事な半身を愛し、愛され、ずっと一緒生きていく。
 ああほんと、愛しい<俺>がここにいるだけで、今日もオレは幸せだ。
2014.03.26