OBN △
OBN=おバカノマ



 オレと<俺>の顔立ちは同じだ。同一人物だから当たり前だけど。
 でも顔付きはちょっと違う。
 それは性格の違いの影響で、いわゆる野球選手顔とかサッカー選手顔とかいうような、環境や職業によって誰でも起こりうる些細な変化だ。
 オレは弱気な性格を反映してか、なんだかぼやけた情けなくて頼りない顔をしてるけど、<俺>は強気で意地悪な性格のせいか、鋭い目をしてニヒルで凛々しくて男らしくて精悍で……ってもういいか、まあそんな引き締まった顔付きをしてる。
 昔は自分の顔が好きじゃなかったけど、今は特に好きでもきらいでもない。オレの顔だなって思うだけ。
 でも、正直に、包み隠さずはっきりと言ってしまえば、<俺>の顔は好きだ。……だ、大好きだ。
 形のいい額も、凛々しい眉も、長い睫毛も、淡い色の鋭い眼差しも、高く真っ直ぐな鼻梁も、口角が上がった薄めの唇も、張りのある頬も、<俺>の顔の中に集約された全てが好きだ。
 どんだけナルシストだよとは思う。同じ顔なのに、バカみたいだ。
 でも<俺>を見てると、かっこよくて、かっこよすぎて、胸の奥がむずむずして、どうしていいか分からなくなる。
 なんでこいつはこんなにかっこいいんだろう。
 顔もだけど、ちょっとした立ち振る舞いとか小さい仕草までかっこよくて、つい目を向けてしまう。
 今だって、夕飯にポークピカタを作ったフライパンを洗ってるだけなのに、その手付きとか、横顔とか、かっこよくてかっこよくて、隣で洗ったものを拭いたり手伝いつつ平静を装うのが大変だ。
 余ったおかずにラップをかけてようが、フライパンを洗う前にキッチンペーパーで油を拭き取ってようが、地味で庶民的な姿だって、なにもかもがかっこいい。
 オレと同じ顔で、同じ姿形をしてるのに。
 なにが違うんだろう。なにが<俺>をここまでかっこよく見せてるんだろう。眼鏡?眼鏡のせい?
 それとも、人から見ればオレもこんなかっこよく見えて……ないない、それはない。オレはいたって平凡だ。
「米は?」
「ご飯まだあるから今日はいいよ」
「そうか」
「うん。お疲れ様」
「ん」
「っ」
 家事を労うと、ふわっと、触れるだけのキスをされた。
 だめだめ、オレ今お前にぽーっとしてるんだから。そんなことするなって。
「えー、あー、コ、コーヒー飲む?」
「いや、いい」
「そっ、か」
 片付けが終わったから、キッチンの明かりを消してリビングに移動する。と思ったら。
「で?」
「え?あっ、ちょっと」
 腕を掴まれて、そのまま抱き寄せられた。急に目の前に<俺>の顔がきて、どきどきする。
 ああ、どうしよう。やっぱりすごいかっこいい、<俺>。
「そんなに俺の顔が好きか?」
「!!」
 心の中をずばりそのまま言い当てられて、ほっぺたが一気に熱くなった。
「なにっ言ってっ」
「ずっと見惚れてただろ」
「!!!き、気付いて……」
「あんな熱視線、気付かないほうがおかしい」
 そりゃそうか。見すぎてたもんな。
「そんな、オレは、別に」
「俺がかっこよくて堪らないって?」
「自分で、言うな」
「お前が思ってることを言葉にしただけだが?」
「別に、別に、かっこいい、とか、そんな」
「ふうん?」
「やっ」
 顔を必死に逸らそうとするけど、顎を捕らえられて、正面を向かされてしまう。
 目の前の<俺>の顔。オレが好きな、男らしくて凛々しくてかっこいい<俺>の顔。
 にやにや意地悪く笑ってるくせに、優しい瞳をしてる<俺>。
 だめ、だめ、そんな顔したら。そんな顔されたら、オレ……。
「かっこいい?」
「っう」
「俺の顔好き?」
「う、う」
「顔だけ?」
「ふっ」
「ん?」
「んっ」
 形の整った薄くて柔らかい唇。触れられれば、それだけで蕩けて、<俺>のことしか考えられなくなる。
 ……ん?いや、最初から、<俺>のことしか考えてないか。
「ふあっ」
「かっこいい?」
 吐息が触れる距離で囁く低い声。オレを狂わす甘い音色。そうだ、この声もかっこいいんだ。
「ん、ん、かっこ、いい」
「顔が?」
「ううん、全部。お前の全部、かっこいい……」
「かっこいい俺が好き?」
「うん……大好き」
 素直に頷くと、嬉しそうに、ふにゃっと笑う。
 あ、この顔は、かっこいいっていうか、かわいい。かわいいのもいい。
 全部いい。かっこよくても、かわいくても、かっこよくなくても、かわいくなくても、それがお前なら、全部いい。全部好き。
「<俺>っ」
「ん?」
「だいすきっ」
「ああ、俺も」
 お前の全てが大好きだ。
 かっこいい顔が好き。きれいな体が好き。繊細な仕草が好き。意地悪な性格も好き。
 整った唇にむしゃぶり付いて、引き締まった逞しい背中を掻き抱く。
 長い指が肌をまさぐると、気持ちよくてぞくぞくする。
 ずるいよ、そんな。そんなかっこいい顔でオレを見つめて、容易く気持ちよくされたら。
 オレは、ますますお前に夢中になるしかないじゃないか。
2012.10.01