unexplained △
完全分裂前+分裂同棲後*ポエム*眼鏡の場合→『First Love



「あっ、あっ! いやぁっ!」
「いいんだろう?」
「んっ、や、やだっ」
「認めろ、よっ」
「ひああっ!!」
 また。まただ。もう何度目なんだろう。
 今日もオレは、自分自身に、眼鏡を掛けた<俺>に抱かれている。
 狭いアパートの、狭いベッドの上で、なにもかもを奪い尽くすように、激しく。
 家に帰ると、すっかり見慣れた赤い果実が、テーブルの上でオレを出迎える。
 これを食べればどうなるのか。なにが起こるのか。オレはよくよく分かってる。分かってるからこそ、僅かな期待を込めて、その実を口にする。
 ──期待? なんの?
「だめ、だめ、もう、いくっ」
「ああ。いけ」
「ああっ! だめ、出る、出ちゃ……っ、ああああっ!!」
 甘酸っぱい果汁を飲み下すと、どこからともなく現れるもうひとりの自分。
 最初は、クラブRで気まぐれのようにしか会えなかったのに、いつの間にか、このアパートで、ほぼ毎晩会えるようになっていた。
 『会えるように』と言っても、別に待ってるわけじゃない。会いたいなんて思ってるわけじゃない。
 だったらどうしてオレは、分かっていてあえて柘榴を食べるんだろう。食べなければ、この半身に会うことも、こうして好き勝手に抱かれることもないのに。

 玄関を開ける前に、まず<俺>の顔が浮かぶ。今日も柘榴はあるんだろうか。それを食べればまた、<俺>に会えるんだろうか。
 会えたら、抱き寄せられて、くちづけられて、それから……。
 煽って、奪って、散々翻弄しておいて、この時が終われば、全てが虚構だったかのように、なにもなくなっている。
 目が覚めれば、いなくなってるくせに。オレをひとりにするくせに。
 それでいいじゃないか。オレはひとりのほうが気楽だ。求めず、求められず、誰とも深く関わらない。そうやって生きてきたんだから。
 家に帰って柘榴を食べればもうひとりの自分が現れて抱かれてめちゃくちゃにされるなんて、異常じゃないか。
 こんなことはおかしい。
 ずっとひとりでいたのに。平気だったのに。ひとりになることを厭って、抱きしめて、見つめてほしいなんて。そんなのおかしい。

「……どうした?」
 低く甘い<俺>の声が囁いて、優しい手が髪を梳く。大切なものを愛でるように、慈しむように、柔らかく。
 どうしてそんな声出すんだよ。どうしてそんなふうにオレに触れるんだよ。
 どうしてそんな優しい目で、オレを見るんだよ。
 いなくなるくせに。ひとりにするくせに。そんなに優しくするな。
「どうした」
 もう一度聞いて、覗き込む。泣きそうな情けない顔を見られたくなくて背けようとすると、そうはさせるかと顎を捕らわれて、強引に唇を押し付けられた。
「ん、ん」
 甘い唇。舌。気持ちいい。もっと。もっとして。もっとオレに、お前を与えて。もっともっと、お前が欲しい。
 どうして? こいつはオレだ。同じ佐伯克哉だ。オレと同じお前に、オレはなにを求めてるんだ?
「ん、は……」
「どうした」
 優しい甘い声。オレを見つめる瞳。
「……お前」
「ん?」
「お前、朝になったら……」
 またいなくなるのか? オレをひとりにするのか?
 ずっと、いればいいのに。お前がずっとこうして、オレに囁いて、見つめて、抱きしめてくれればいいのに。
 どうしてオレはそんなことを思うんだろう。もうひとりの自分に、どうしてこんなに焦がれるんだろう。どうして。
 なにも言えないオレに、<俺>がふっと笑った。なにもかもお見通しなのに、なにも知らないような意地悪な顔をして。
「お前はただ、認めればいいんだ」
「認める……」
「そうだ。お前の心の中、想いのそのままを」
「心の中の想い……」
 分からない。オレの心の中。想い。自分のことなのに、全然分からない。
 どうしてお前のことが浮かぶのか。どうして抱きしめて、見つめて、くちづけられたいと思うのか。どうして、ずっとそばにいてほしいと思うのか。
 オレには分からない。
 <俺>がまた、同じ顔をして笑った。
 そんな顔するなよ。そんな顔されたら、切なくて、苦しくて、息ができなくなる。
「いいさ。どうせすぐに、全てを認めることになる」
 どこか偉そうに、確信を持って<俺>が言う。
 ぎゅっと抱き直されて、額に唇が触れる。
 ほっとする。苦しい。あったかい。切ない。気持ちいい。痛い。心地いい。怖い。
 お前といると、いろんな想いがごちゃ混ぜで、わけが分からない。
 何度も繰り返した逢瀬の中で、少しずつ積み重なったお前への想い。
 溢れ出して溺れてしまいそうなその正体が、オレにはまだ、分からない。


 気持ちいい。穏やかな闇の波間から覚醒して、一番先にそう思った。
 静かに、優しく、オレの髪を撫でる手があったから。
「起こしたか?」
 少し申し訳なさそうに聞いた<俺>に、ううん、と首を振る。
 抱きついて、首元にすり寄ると、きつく抱き返してくれる。
「どうした」
 優しい甘い声。オレを見つめる瞳。
「なんでもない」
「そうか?」
「うん。ただ」
「ん?」
 そっと唇を重ねる。見つめ合って微笑み合うと、胸が苦しいのにどうしようもなく幸せで、なんだかおかしい。
「ただ、お前のことが大好きだって、思っただけ」
 唐突なオレの告白に、<俺>が目を丸くする。でもすぐに、蕩けそうな顔で笑う。
「ああ。そんなこと、知ってるさ」
 抱きしめられたい。見つめられたい。くちづけられたい。もっと欲しい。ずっとそばにいたい。
 お前が好きだから。心の底から、お前を愛しているから。
 こんなに簡単な答え。当たり前の、最初からこうだったような、単純な解。
 オレの、お前への想いの正体。
 ただ認めるだけでよかった。それだけで、全てが与えられた。
 気付いていたのに、分からないふりをしていた真実を、オレもお前も、今はもう充分に知っている。
2012.09.17