克哉=眼鏡、<克哉>=ノマ
克哉初デート捏造*→一週間後
次週放送予定だと予告が流れた映画には、なんとも苦々しい思い出がある。
ベタなSFアクションものの内容についてではなく、その時に起こった出来事が。
克哉は真っ先にそれが浮かんだが、半身はそうではなかった。
「あー、この映画懐かしー」
「……」
「映画館見に行ったよな」
「……」
「あれ、なんでわざわざ映画館まで見に行ったん……」
そこまで言って、<克哉>はようやく思い出したようだ。
<克哉>にとっては甘酸っぱくて苦い、克哉にとってはひたすら苦い、あの思い出。
無駄にざわめきだした胸の奥を宥めるために、抱き込んだ腕の中でうつむいて黙ってしまった半身をいじめることにする。
「あの時は浮かれてたな」
「うううううるさい」
そう。いいのかな、と思いつつ、初めてのことにそわそわしてた。
「リサーチして、シミュレートして」
「うるさいうるさいうるさい」
そう。しっかり下準備して、熱が出るんじゃないかってくらいにあれこれいろいろ考えた。
「帰りはもしかしたら手とか繋いじゃうのかなとか思って」
「あーあーあーあー」
耳を両手で塞いで、聞こえないふりをする。
耳を塞いだままじたばたともがく体を、ぎゅっと抱いた。
「それなのに、『なんか違う』なんて言われたら」
「………………」
──なんか違う。
待ち合わせをして、映画を見て、食事をして、少しぶらついて、次はどうしようかと尋ねたら、そう返された。
以前から意識されていたのは、鈍い<克哉>でも気付くくらいに分かりやすい相手だった。
気付いてしまえば、その感情が伝染したように<克哉>のほうもつい淡い想いを抱いても、多感な年頃なのだから仕方がない。
ある時、一緒に映画でもと誘われて、驚きとときめきで動揺した十五歳の少年は、つい頷いてしまった。
それがある意味間違いだったのかもしれない。
「本性を見抜いてなかったお前も馬鹿だが、自分の物差し以外は一切を認めない大馬鹿なんて、相手にする価値もない」
「そこまで言わなくても……」
「まあ、俺としては結果的には万々歳だったからどうでもいいが」
実質振られた瞬間、克哉はたったひと言で<克哉>を打ちのめした相手に腹は立ちつつも、ガッツポーズでもしたい気分だった。
<克哉>の他人へのときめきは、克哉にとっては苛立ちでしかない。
「バ、バカ……。いや、っていうか、オレはあの時すごく傷付いたし、今また古傷が抉られた気分だよ……」
大きく溜め息をついて、せめてもの仕返しのつもりなのか脱力した体で圧し掛かられたが、そんなことをされてもただ心地いいだけだ。
首元にもたれた頭を、よしよしと撫でてやる。
「それは悪かった」
向かい合わせになるように促すと、素直に体を反転させて跨がってきた。
目の前のしょんぼりした顔がかわいい。少しいじめすぎたか。
「かわいそうに。傷付いたなら、癒してやらないとな」
「……」
「ん?」
頬を撫でて、僅かに尖らせた唇を指先で摘む。
柔らかな感触が気持ちよくて、そのままむにむにと遊ぶと、さらに唇を尖らせて噛み付かれた。
わざとらしく痛い痛いとにやついて手を引っ込めて、突っぱねて離れようとした体を強く抱きしめる。
あやすようにとんとんと背中を叩きながら、次のアクションを待つ。
「…………つまんなかったんだよな、きっと」
凭れた耳元で、溜め息まじりに呟く。
<克哉>はずっとそうだと思っていた。冴えない自分を誘ってくれたのに、一緒にいて、思った以上につまらない男だとうんざりされたと。
だが、恐らくは。
「むしろ逆だ」
「え?」
予想外の返答に、<克哉>が顔を上げてこっちを向いたから、ついでに顎と唇に軽く口付けて、見つめ合ったまま推測していたことを話してやる。
「当時のお前の他人からの評価は、顔はまあまあ悪くはないが、勉強もスポーツも取り立てるほどもなく平均点、おどおどしてて、地味で、暗くて、消極的で、頼りない、冴えないやつといったところか」
「喧嘩売ってる?」
「まあ聞け。向こうが求めてたのは、そんなお前だ」
「……んん?」
「顔はいいがダメ男。だから私が支えてあげないと、ってことだ」
「んー……?」
疑問符を顔中に貼り付けた<克哉>に苦笑して、また軽くキスをして解説を続ける。
「なのに一緒にでかけてみたら、臨機応変に気遣いできて、男らしくリードもする。話下手だが、頭の回転が早くて聞き上手だから、会話も退屈しない。なんだ、実はできる男なのか。それで、『なんか違う』」
「はあ……」
「向こうの次のターゲットも、一見だけはお前と同じタイプだった。ぼーっとしたのをはりきって連れ回してて、お前が振られた理由が分かった」
「ターゲットって……」
一緒にでかけたのは日曜日で、翌日の月曜日から相手はもう<克哉>なんて眼中になくて、別のクラスのぼんやりした男子に狙いを定めていた。
それで克哉はなるほどと納得できた。
「そこまで見てたの、お前」
「見なくても勝手に目に入るし耳に入るだろ。同じクラスなんだから」
本当は、仮に趣旨変えでもしてまた<克哉>にアプローチしてこないかと見ていたのだが、さっさと次にいったから、とりあえずは警戒対象から外した。
<克哉>は全く気付いていなかった、他に警戒すべき女子も、男子も、まだ幾人かいたから。
とはいえ、そうしてただ警戒するしかできないことが、克哉はもどかしかった。
「というわけだ。あくまでも俺の推測だから、信じるか信じないかはご自由に」
「んー……」
眉根を寄せて、克哉の推測論を検証中の<克哉>の唇や頬を啄みながら、脳内処理が終わるのを待つ。深いキスにならないように抑えるのが結構大変だ。
「ダメな男を振り回すのが好きなのに、オレがそういうタイプじゃなかったから、『なんか違う』」
復唱するように呟かれた言葉に頷く。
まだ疑問符が見える顔を、両手で挟んで揉みしだいてやる。
「ん、やめろよ」
「不細工な顔してるから」
「余計不細工になるだろ」
<克哉>も同じことをしてきて、お互いに頬を捏ね合っているのが馬鹿馬鹿しくておかしくて楽しい。
しばらくそうして遊んで、笑って唇を交わして向き直る。
「そんな理由で傷付いてたなんて、馬鹿らしいだろ」
「確かに、思い返してみれば、そういうタイプが好きな子だったのかなって思い当たるところもある気がするような」
「生粋のダメ男好きに、できる男だって太鼓判押されたようなもんだ」
「んー……ん?そうかな?」
「そう思っておけ」
短い溜め息をついて、まあいいかと二度軽く頷いた<克哉>を、いい子だと言って抱きしめる。
またあの映画を目にして思い出すことがあっても、起こった出来事に苦笑するだけで、痛みが蘇ることはないだろう。
「傷は癒えたか?」
「うん、まあ、疑問はちょっと解消されたかな」
「じゃあ次は俺だ」
「ん?」
「初デートに浮かれてたお前に傷付けられた古傷が痛む」
しょんぼり顔を作って、かわいそうな声を出して、しれっと言う。
一瞬だけ気遣う顔をした<克哉>だが、克哉の口調からふざけているんだと理解して、冷たい目でじっとり睨んでくる。
「勝手に……痛んでろよ」
「ひどいな。俺は癒してやったのに」
「癒したっていうか、なんていうか」
「痛い」
「うるさい」
「痛い」
「あっそ」
「痛い痛い痛い」
「バカ」
子供のように胸元に顔を擦り付けて駄々をこねると、呆れきった<克哉>がつい吹き出す。
自分でも馬鹿だとは少しは思うものの、それは考えたら負けだから気にしない。
「どうすればいいんだよ」
呆れてるのに、突き放さないで甘やかす。そうしてくれると分かってるから、馬鹿な駄々もこねられる。
「どうすればいいと思う?」
「知らない」
わざとそっぽを向いた顎を捕らえて、親指で唇をいやらしくなぞる。
それでも知らないふりをする<克哉>に、馬鹿みたいににゅっと唇を突き出した。
「ぶはっ!」
「っ!おまっ」
「あーあ、ごめんごめん。そんな顔するからつい」
真正面から盛大にかかった飛沫を袖で拭いて、流れのついでに眼鏡を外してからちゅっと口付けられた。
やっと<克哉>から与えられて、だらしなく頬が緩む。
「もう。ここに辿り着ければなんでもいいんだろ、お前」
確かに。ここまでくれば、きっかけがなんなのかなんてどうでもいい。
揶揄の言葉ではなく、事実いつも克哉は<克哉>といかに多く長く淫靡で甘い時を過ごせるかということしか頭にないから。
優しく男らしく押し倒してきた<克哉>が、額に唇を落とす。
あの時は存在すら知られていなかった自分が、今こうして<克哉>の腕の中に包まれている幸せ。
「来週あの映画を見ても傷が痛まないように、たーっぷり、癒してくれ」
「……ばーか」
お前ってほんとどうしようもないやつ、と笑う<克哉>と、始まりの深い口付けを交わした。
Cherish △
2012.11.25